高寺彰彦死去!死因は?経歴と悪霊・かちかちやま人気作品について

こんにちは、さとみんです。

先日4月11日ルパン三世の漫画家のモンキー・パンチこと加藤一彦(かとうかずひこ)さんが亡くなり大きなニュースとなりました。

そんな中、またもや漫画家さんの訃報が入ってきました。

漫画家の高寺彰彦さんが亡くなったことがわかり、関係者やファンの方が追悼しておられます。

今年3月から闘病のため廃業されていた高寺彰彦さん。

まずはお悔やみ申し上げます。

これまで多くの作品を世に送り出してきた高寺彰彦さん。

高寺彰彦さんは一体どんな方だったのでしょうか?

そこで今回は、「高寺彰彦さん死去!死因は?経歴と悪霊・かちかちやま人気作品について」と題して、漫画家 高寺彰彦さんのこれまでの経歴、人気作品や今回死去に至った原因となった病気とは?ということで迫っていきたいと思います。

それでは早速、本題へ入りましょう。

高寺彰彦の経歴・プロフィール

58歳の若さで亡くなった高寺彰彦さん。
今回、改めて高寺彰彦さんのプロフィールを調べてみましたのでご紹介します。

漫画家 高寺彰彦さんのプロフィール

名前:高寺彰彦(たかでらあきひこ)

生年月日:1960年7月18日

年齢:享年58

出身地:静岡県下田市

職業:漫画家

高寺彰彦さんは漫画情報誌へ漫画の投稿をしながら、漫画家で映画監督でもある大友克洋(おおともかつひろ)さんと知り合い、大友克洋さんの作品「気分はもう戦争」の第4話かからアシスタントを務められています。

デビュー作は1980年の「FOGGY GOBLIN」
デビュー後も大友さんのアシスタントは継続しながらご自身の作品もつくられています。


大友克洋さんの代表作でもある「童夢」では高寺彰彦さんが背景をほとんど一人で書き上げていらっしゃいます。

その後はご自身の作品も世に送り出し、漫画家としてのキャリアを積まれていました。

高寺彰彦の死去について・死因は?

58歳の若さで死去した高寺彰彦さん。
実は今年の3月から漫画家としての活動を廃業されていました。

2019年3月12日にご自身のツイッターで
「先月の28日、自分の脊髄の中に血栓が出来、胸から下が完全に麻痺してしまった。これは、歩く事はおろか、自分にとって致命的なのは絵が描けなくなってしまったという事だ」「以前と同じ仕事が出来ず、廃業という形になります」
「運が良ければ、またきっといつか、自分の絵を観てもらえる事も有るかと思います。それでは、その日まで、サヨウナラ」
とツイートしていました。

つまり2月28日から半身不随となってしまい執筆することが難しくなってしまったようです。
死因に関して詳細はまだ発表されていませんが、
血栓ができて脳や心臓の血管に詰まってしまうと最悪は死に至ってしまいます。
脊髄ということでリンパにできた血栓がどこかに詰まってしまい、血液の循環ができなくなってしまったのだと推測されます。

高寺彰彦の過去の人気作品

大友克洋さんのアシスタントとしての実績が目立つ高寺彰彦さんですが、高寺彰彦さん自身も素敵な作品を残されているので、一部をご紹介したいと思います。

まずは、1988年に発表された「悪霊」

孤島での奇妙な風習、そして伝承、集められた親族たち。日本的オカルトが存分に楽しめる作品になっています。80年代の幽霊屋敷、孤島が舞台のモダンホラーの雰囲気を味わえます。やはり大友克洋さんの影響が随所に感じられる作品です。

続いて、1996年に発表された「かちかちやま」


1.竜の紋章 2.DARK MOON 3.WEDDING 4.街の灯 5.まぼろし遊撃隊 6.シャイニング
7.かちかちやま の短編7作品が収録されている、濃い作品集となっています。
様々なジャンルの作品が収録されているので、お好きな作品を見つけてみてはいかがでしょうか?

ネットやツイッターでの反応

今回の高寺彰彦さんの死去のニュースを受けて、ツイッターでも多くの反応がありましたので紹介します。

多くの方から追悼のコメントが寄せられています。
また、作品のファンの方からも悲しみのツイートがされていますね。

改めて、お悔やみ申し上げます。

まとめ

今回は「高寺彰彦さん死去!死因は?経歴と悪霊・かちかちやま人気作品について」と題して、4月24日に死去したとの訃報が届いた漫画家の高寺彰彦さんについて、経歴や病気や死因、また人気の作品についてまとめてみました。

いかがだったでしょうか?

とても残念なニュースとなってしまいましたが作品はこれから先も残っていきます。

これからの連休に高寺彰彦さんの作品に触れてみてはいかがでしょうか?

それでは今回はここまでとさせていただきます。

最後までご覧いただきありがとうございました。